『Casa BRUTUS』2026年11月号を開いて、思わず二度見しました。
「ここ、本当に市役所なの?」
複雑に重なるコンクリートの梁。ピンクとグレーの柱。建物を覆うように伸びた緑。
どう見ても、長い年月を経て発見された古代遺跡のようです。
「櫻井翔のケンチクを学ぶ旅。」vol.175で翔くんが訪れたのは、沖縄県名護市にある名護市庁舎。
一見すると大胆で不思議な形をしていますが、よく見ていくと、沖縄の強い日差しや風、人々の暮らしを考えてつくられた建築であることが分かります。
しかも、この建物はいま、老朽化によって大きな転換期を迎えています。
翔くんが歩いた名護市庁舎は、これからも同じ姿で残るのでしょうか。
市役所というより、古代遺跡?
大きく張り出した梁と柱、その間から顔を出す植物。
名護市庁舎の外観には、整然とした一般的な市役所とはまったく違う景色が広がっています。
建物の形を見た翔くんが思い浮かべたのは、インドネシアのバリ島でした。
たしかに、植物に覆われたコンクリートの構造体を見ていると、南国の森に残された遺跡のようにも見えてきます。
ただし、この複雑な形は、変わった建物をつくるためだけに生まれたものではありません。
沖縄の強い日差しを遮り、建物の中へ風を通し、雨を避けながら歩ける場所をつくる。
一つひとつの形に、沖縄で快適に過ごすための役割がありました。

公開コンペから生まれた名護市庁舎
名護市庁舎は、1978年に行われた公開設計競技によって選ばれ、1981年に完成しました。
設計を手がけたのは、「Team ZOO」として参加した象設計集団とアトリエ・モビルです。
設計者たちが目指したのは、市役所の機能を一つの大きな箱へ収めることではありませんでした。
建物をいくつもの棟に分け、その間に風の通り道やテラスをつくり、市民が自然に立ち寄れる場所を建築の中へ組み込んでいます。
役所は、手続きをする人だけが訪れる場所。
そんな少し堅いイメージを、建築から変えようとしたのかもしれません。
市民と市役所をつなぐ「アサギテラス」
名護市庁舎を読み解くうえで、欠かせないのが「アサギテラス」です。
「アサギ」とは、沖縄の集落で神事や人々の集まりに使われてきた場所のこと。
名護市庁舎では、市街地から続くように段々状のテラスを設け、市民が自由に立ち寄れる半屋外の空間をつくりました。
建物の中でもなく、完全な屋外でもない。
強い日差しを避けながら、風を感じて休むことができる場所です。
前号で翔くんが訪れたザ・ムーンビーチ ミュージアムリゾートにも、内と外の境界を曖昧にした「中間領域」がありました。
ムーンビーチでは、ガジュマルの木陰のような空間が人をくつろがせていました。
一方、名護市庁舎のアサギテラスは、市民と行政、市役所とまちを緩やかにつなぐ場所です。
設計者は違いますが、沖縄の建築にとって「日差しを避けながら、風の中で人が集まる場所」がいかに大切なのか、2つの建物を続けて見ることでよく分かります。
冷房に頼らず、風を通す建築
名護市庁舎には、沖縄の気候を生かす工夫がいくつも取り入れられています。
外側に張り出した梁や深い庇は、室内へ入る強い日差しをやわらげます。
壁の一部には穴の開いたブロックが使われ、光を調整しながら風を通します。
建物を閉じて冷房だけで温度を管理するのではなく、自然の風を建物の中へ取り込む設計です。
誌面の写真を見ても、翔くんが立っている場所には、室内なのか屋外なのか迷ってしまうような開放感があります。
建物の隙間から空が見え、植物が入り込み、光と影が時間とともに動いていく。
名護市庁舎は、沖縄の自然から人を切り離すのではなく、その中で過ごすためにつくられているのですね。
翔くんが驚いたピンク色の柱
誌面で目を引くのが、ピンクとグレーが交互に重なった柱です。
翔くんは、その色から紅芋を思い出していました。
そう言われてから見ると、もう紅芋の色にしか見えません。
この柱は、完成したコンクリートへ後から模様を描いたものではありません。
色の付いたコンクリートブロックを型枠として使い、その中へコンクリートを流し込んでいます。工事が終わったあとも型枠となったブロックを取り外さず、そのまま建物の表情として残しました。
建物を支える構造と、外から見える色や模様が一つになっているのです。
館内には、ところどころに赤、青、緑、黄色のガラスをはめ込んだブロックもあります。
外観の力強さとは対照的に、光が差し込む内部は思いのほか明るく、どこか楽しげです。
グレーのジャケットをまとった翔くんも、ピンクの柱ややわらかな黄色の階段によくなじんでいました。

かつて建物を守っていた56体のシーサー
名護湾側の外壁には、かつて56体のシーサーが並んでいました。
しかも、同じ形のシーサーを量産したのではありません。
56人の職人が、それぞれ1体ずつ制作したものです。
表情も形も異なるシーサーが並び、市役所を守りながら、沖縄の手仕事や文化を伝えていました。
しかし、老朽化による落下の危険が生じたため、2019年にすべて撤去されています。
翔くんが今回歩いた名護市庁舎には、もう56体のシーサーはいません。
建築は完成したときの姿が、そのまま永遠に続くわけではない。
安全に使い続けるために、失われるものもあります。
誌面に写る現在の建物を眺めながら、以前はここに一体ずつ違う表情のシーサーが並んでいたのだと想像すると、少し見え方が変わってきます。

かつて名護市庁舎に並んでいたシーサーをもとにしたイメージイラストです。
日本の近代建築として評価された理由
名護市庁舎は、日本建築学会賞を受賞したほか、DOCOMOMO Japanの「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」にも選定されています。
評価されたのは、珍しい外観だけではありません。
市民との交流の場としてつくられたアサギテラス、自然換気、地元のブロックを生かした建築方法、そして56人の職人による56体のシーサー。
沖縄の気候、文化、材料、人々の居場所を一つの建物へ取り込んだ点が高く評価されました。
経済成長期に各地で近代的な公共建築が建てられていた時代に、土地の風土と市民を中心に据えた市役所をつくったことにも、大きな意味があったのでしょう。
翔くんが見つけた「沖縄らしさ」
翔くんは「Sho’s Report」で、建物が古代遺跡のように見える一方、その中に沖縄らしさがあることを振り返っています。
ただ沖縄風の飾りを加えたのではありません。
日差しを遮る。風を通す。人が集まる場所をつくる。地元の材料や技術を生かす。
気候や暮らしへの向き合い方そのものが、建築の形になっています。
外から見ると、少し近寄りがたいほどの迫力があります。
けれど中へ入ると、視線が抜ける場所があり、風が通り、色のある光が差し込む。
誌面の翔くんも、建物の細部を見つけながら、少しずつこの不思議な市役所の謎を解いていくようでした。
名護市庁舎はこれからどうなる?
これほど高く評価されている建築ですが、名護市庁舎はいま、老朽化という大きな問題を抱えています。
名護市は、耐震性や防災拠点としての機能、設備の老朽化などを踏まえ、新しい庁舎の整備を検討しています。
2025年3月に公表された整備方針では、新しい複合庁舎の建設候補地を、県立北部病院周辺と旧名護商業高校跡地の2か所に絞りました。
現在地での建て替えではなく、別の場所へ移転する可能性が高まっているということです。
では、現在の名護市庁舎はどうなるのでしょう。
こちらは、まだ最終決定していません。
名護市の整備方針では、建物の一部を保存する方法、デジタルで記録する方法、民間の力を借りて活用する方法なども含め、今後さらに検討するとしています。
文化的価値のある建物を残したいという声がある一方、耐震改修や維持管理に必要な費用、安全性を心配する意見もあります。
名建築だから残すべきだ、と簡単に言い切れる問題ではありません。
市役所は毎日、市民と職員が使う場所です。災害時には、防災拠点として機能することも求められます。
建築としての価値と、安全に使い続けるための現実。
名護市庁舎はいま、その両方をどう受け継ぐかという難しい課題の中にあります。
翔くんが訪れた今、見ておきたい建築
誌面を読み始めたときには、古代遺跡のような不思議な形に目を奪われました。
けれど、最後に心に残ったのは、その形が生まれた理由です。
沖縄の日差しを避け、風を通し、人が集まれる場所をつくる。
ピンク色の柱も、花ブロックも、段々状のテラスも、単なる装飾ではありませんでした。
そして、かつて建物を守っていた56体のシーサーは、すでに現在の景色から姿を消しています。
これから新庁舎の整備が進めば、翔くんが今回歩いた場所も、いつか同じ姿では見られなくなる可能性があります。
もちろん、保存か解体かは、まだ決まっていません。
だからこそ今回の「ケンチクを学ぶ旅。」は、完成から45年を迎えようとしている建物の“今”を記録した回にも見えてきます。
古代遺跡のような外観を楽しむだけでなく、その奥にある沖縄の風土と、市民のための居場所にも目を向けて、もう一度誌面を開きたくなりました。
『Casa BRUTUS』2026年11月号
「櫻井翔のケンチクを学ぶ旅。」vol.175「名護市庁舎」は、『Casa BRUTUS』2026年11月号に掲載されています。
今号の特集は「世界のBEST美術館」。
2026年10月8日発売です。
『Casa BRUTUS』2026年11月号の公式情報・試し読み


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